結婚指輪を左手の薬指にはめる習慣は、単なる偶然や近代の商業的プロモーションによって生まれたものではありません。その歴史は紀元前数千年の古代エジプト時代にまで遡ります。
古代エジプトや古代ギリシャ、古代ローマの人々は、左手の薬指から心臓へと直接つながる特別な太い血管が存在すると信じていました。この血管はラテン語で「ヴェナ・アモリス(Vena Amoris=愛の静脈)」と呼ばれ、感情や命を司る中心地である心臓へ愛のエネルギーを送り込む重要なルートとみなされていたのです。命の根源である心臓に最も近い左手薬指にリングをはめる行為は、「相手の心を永遠に繋ぎ止める」「命を懸けて愛を誓う」という神聖な契約の儀式でした。
また、実用面や解剖学的な観点からも左手薬指には明確な合理性があります。右利きの人が圧倒的多数を占める人類の生活において、左手は右手よりも使用頻度が低く、なかでも薬指は親指や人差し指と比べて単独で動かしにくい構造になっています。そのため、「日常作業で最も傷つきにくく、紛失しにくい指」として選ばれたという物理的側面も見逃せません。
16世紀のエドワード6世の治世下において、英国国教会が「結婚式において指輪を左手薬指にはめる」ことを公式の祈祷書に明記したことで、アングロサクソン文化圏を中心にこの習慣が制度として定着しました。日本にこの文化が本格的に流入したのは明治時代後半から大正時代にかけてであり、キリスト教式挙式の普及とともに一気に国民的慣習として根付いた経緯があります。