物語のクライマックスにおいて、主人公は画集を積み上げて作った奇妙な城の頂点に黄金色のレモンを据え、それを「黄金色に輝く恐ろしい爆弾」と見立てて店を立ち去ります。この不可解な行動の裏には、緻密に計算された心理的必然性が存在します。
当時、主人公の心を押し潰していたのは、冒頭で語られる「えたいの知れない不吉な塊」でした。重い肺尖カタル(肺結核初期)の病苦、貧困、そして将来への不安。かつて自分を魅了していた音楽や詩、そしてハイカラな西洋文化の粋を集めた洋書店「丸善」の空気さえもが、衰弱した青年にとっては耐えがたい息苦しさの象徴へと反転していました。かつて憧れた豪奢な美術画集は、開くだけで疲弊を招く「重圧」そのものだったのです。
そこで突如として発動したのが、青年の心に芽生えた「あやしい気味の悪いいたずら小僧」のような衝動でした。色彩の洪水のような画集を無造作に積み重ね、その頂点に冷涼で完璧な形をしたレモンを置いた瞬間、雑多で重苦しかった画集の城が、レモンという一点によって緊張感みなぎる一つの造形美へと変貌を遂げます。
そして主人公は、これを爆弾に見立てる妄想へと飛躍します。もし10分後にこのレモンが炸裂し、重々しい丸善の棚も、高価な美術書も、鼻持ちならない近代の権威もすべて木っ端微塵に吹き飛んだらどれほど痛快だろうか――。この私的な妄想によって、青年は自分を圧迫していた「近代社会の権威」を脳内で完膚なきまでに破壊しました。現実のテロリズムではなく、純粋な想像力の中で権威を無力化すること。これこそが、鬱屈した青年にとって唯一可能な精神的勝利であり、魂の救済だったのです。