そもそも、なぜ外来の小鳥が日本の深山幽谷に定着するに至ったのでしょうか。その発端は、昭和後期から平成初期にかけて日本列島を席巻した愛玩鳥ブームに遡ります。
1980年代、中国との国交正常化と貿易拡大の波に乗る形で、安価で飼育しやすい「歌う鳥」として年間数万羽規模のソウシチョウが日本へ輸入されました。小鳥店では手頃な価格で販売され、鳴き声を楽しむ愛鳥家たちにもてはやされたのです。しかし、鳴き声があまりにも大きく集合住宅で騒音トラブルに発展したことや、手入れを怠った飼い主による遺棄、さらには悪質な業者による「放鳥(逃がす行為)」が全国で相次ぎました。
こうして野に放たれた個体群が最初に定着を見せたのが、原産の気候に近い九州の筑紫山地や四国の山岳地帯でした。しかし、ソウシチョウの適応能力は人間の甘い予測を遥かに凌駕していました。ソウシチョウ現在の生息地は、いまや九州・四国・中国地方にとどまらず、近畿の六甲山系、中部地方の山岳地帯、そして関東の丹沢山地、奥多摩、富士山麓へと怒濤の勢いで北上を遂げています。
ソウシチョウ目撃情報まとめを精査すると、近年では長野県の志賀高原や福島県の会津地方など、冬の寒さが厳しい豪雪地帯や標高1,500mを超える亜高山帯にまで生息域を拡大させていることが確認されています。SNSや登山コミュニティの投稿でも「標高1,200mの尾根沿いの笹原から、聞き慣れないトロピカルな鳥の声が聞こえた」「北杜市の別荘地で、群れをなして庭のナナカマドの実を食い荒らしている」といったリアルタイムの証言が相次ぎ、寒冷地への適応が完了した事実を生々しく物語っています。