「熱を測っても36度台の平熱。だから大した病気ではないはずだ」――医療現場の問診で患者が最も陥りやすい認知の罠がここにあります。感染症=発熱という図式は必ずしも成立しません。
熱なしで痰が絡む咳の原因として臨床現場で圧倒的多数を占めるのが、副鼻腔炎や後鼻漏による痰の貯留です。鼻の奥にある副鼻腔で細菌感染や慢性炎症が起きると、過剰に作られた粘り気のある鼻汁が喉の奥へと滴り落ちてきます(後鼻漏:こうびろう)。本人は「肺から痰が上がってきた」と錯覚して吐き出しますが、実際には鼻由来の分泌物が喉頭を刺激し、湿性咳嗽(痰の絡む咳)を引き起こしているのです。特に起床時、就寝中に喉へ溜まった膿汁が一気に喀出されるため、朝一番だけ黄色や黄緑色の塊が出るという特徴を持ちます。
臨床の生の声としても、SNSや医療相談掲示板には「発熱はないのに1ヶ月間ずっと黄色い痰が喉に張り付く」「咳払いをしても切れずに不快感が続く」という切実な訴えが後を絶ちません。その多くが耳鼻咽喉科を受診して慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)と診断され、副鼻腔の洗浄やマクロライド系抗菌薬の少量長期投与によって劇的な改善を見せています。
発熱を伴わないもうひとつの要因は、逆流性食道炎(胃食道逆流症:GERD)です。酸性の胃内容物が食道から喉頭へ逆流することで粘膜が化学的な炎症を起こし、防御反応として粘液が過剰分泌されます。食後や横になった際に咳き込み、無色から白色の粘調な分泌物が絡む場合は、胃腸機能の低下を疑う視点が必要です。