日本の歌謡史において、「ヨコハマ」「チャイナタウン」というワードは特別な磁場を持ち続けてきました。戦後の進駐軍文化から港町のジャズ、そして異国情緒漂う中華街の街並みは、作詞家たちにとって「日常からの逃避」や「大人の危険な恋」を描く格好の舞台装置だったからです。
泰葉の『フライディ・チャイナタウン』に登場する歌詞を読み解くと、「ネオンライト」「月影」「シネマの場面」といった都会的で無機質な単語の中に、中華街のエキゾチックな極彩色が巧みに織り交ぜられています。女性目線の一方的な情愛ではなく、どこかクールで自立した都会の女性像が描かれている点も、1980年代初頭の女性たちの共感を呼び、そして今の時代の耳にも古臭さを感じさせない大きな要因となっています。
矢沢永吉の『チャイナタウン』が男性のセンチメンタリズムを極限まで美しく描いた世界観であるのに対し、泰葉の楽曲は女性の躍動感と孤独を都会的なビートに乗せて昇華した世界観です。同じ地名を冠しながらも、対極のアプローチをとった2つの名曲が存在することこそが、昭和から受け継がれる日本のポピュラー音楽の豊かさを物語っています。