今や全国のラーメン店でインスパイア系が乱立する台湾まぜそばですが、その歴史は2008年、愛知県名古屋市中川区にオープンした麺屋はなび高畑本店から始まりました。
創業者である新山直人氏の経歴を辿ると、元々は父親が中華料理店を営んでいた家庭環境に育ち、若くして料理の世界へ飛び込んでいます。名古屋市内の老舗中華料理店や有名ラーメン店で10年以上にわたる厳しい下積みを重ね、職人としての確かな技術を培った後に自身の城である「麺屋はなび」を構えました。創業当初の主力看板は、意外にも繊細な味わいを追求した「塩ラーメン」だったのです。
事態が一変したのは、名古屋のご当地麺「台湾ラーメン」に使われるピリ辛の挽肉(台湾ミンチ)を取り入れようと試作を重ねていた時のことでした。新山氏が当時の特番インタビューや手記で明かしたところによると、自慢の淡麗スープに台湾ミンチを合わせたところ、脂と辛味がスープ本来の繊細さを完全に打ち消してしまい、まったく納得のいかない出来栄えになってしまったといいます。
「これは使い物にならない。捨てるしかない」
落胆した新山氏が仕込んだミンチをゴミ箱へ捨てようとしたその瞬間、アルバイトスタッフが放った「もったいないから、茹でた麺にそのままかけて賄いで食べてもいいですか?」という何気ない一言が、運命の歯車を狂わせました。茹で上げた極太麺にそのままミンチを絡めて食べたところ、厨房内に衝撃が走ります。「汁がないほうが、圧倒的に旨い」。
そこから新山氏の執念の研究が始まりました。ネギ、ニラ、刻み海苔、サバ粉(魚粉)、すりおろしニンニクを加え、タレのバランスをミリ単位で調整。さらに、つるつるした太麺に濃厚なタレがしっかりと絡むよう、茹で上がった麺をテボ(湯切りザル)の中で「すりこぎ棒」を使ってあえて激しく擦りつけ、表面に無数の細かい傷をつけるという前代未聞の調理技法を編み出しました。こうして、ひとつの失敗と捨て身の工夫から、令和の現在も熱狂を呼ぶ台湾まぜそば発祥の経緯が刻まれたのです。