原宿・竹下通り周辺で外国人スタッフがアパレルショップの呼び込みを行うようになった起源は、1990年代後半から2000年代初頭にかけて日本中を席巻したストリートファッションおよびヒップホップブームに遡ります。当時、裏原宿カルチャーの台頭とともに、Karl Kani(カールカナイ)やFUBU(フブ)、Sean John(ショーンジョン)といった本場アメリカのB系・オーバーサイズブランドが爆発的な人気を誇っていました。
そのムーブメントの中で、西アフリカ(主にナイジェリアやガーナなど)出身の人々が独自の輸入ルートやネットワークを活かし、六本木や渋谷、原宿エリアにインポートアパレル店を次々と出店。本場の空気感やストリートカルチャーを体現する存在として、彼らが店頭に立ち接客を行うスタイルが定着していきました。
ブームが落ち着いた後も、原宿という街が持つ圧倒的な集客力と「ファッションの聖地」というブランドイメージに支えられ、アパレルショップ自体は存続しました。しかし、正規ライセンス品を扱う優良店が存在する一方で、時代の移り変わりとともに低品質なノーブランド品やコピー商品を高く売りつける悪質な業者も一部紛れ込むようになり、現在に至る複雑な構造が形成されたのです。