鬼才・升田幸三の勝負哲学と生涯|名人に香車を引いた男の真相

鬼才・升田幸三の勝負哲学と生涯|名人に香車を引いた男の真相

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升田幸三の波乱のキャリアにおいて、最大の波紋を呼んだのが1952年(昭和27年)2月に発生した陣屋事件です。公式戦のタイトル戦において対局者が対局を拒否し、不戦敗処分となるという、将棋界の前代未聞の不祥事でした。

舞台は神奈川県鶴巻温泉の老舗旅館「陣屋」。第1期王将戦七番勝負の第6局において、木村義雄名人に挑戦していた升田は、すでに2勝3敗と追い詰められていました。この第6局に勝利すれば、第7局で木村名人を香落ちに指し込めるという極めて重要な対局でした。

しかし、対局前夜に陣屋へ到着した升田を迎えたのは、旅館側の手違いと冷遇でした。当時、旅館側は升田が到着した際、玄関で適切な出迎えを行わず、升田は「名人を特別扱いし、挑戦者の私を侮辱した」と激怒。さらに宿の対応だけでなく、日本将棋連盟の幹部交渉の不手際や、事前に約束されていたはずの対局条件が守られていなかったことへの不満が一気に爆発しました。

自著『名人に香車を引いた男』などで升田本人が述懐しているところによれば、単なる旅館への怒りだけではなく、「プロ棋士の誇り(プライド)を興行主や世間に軽んじられてたまるか」という強烈な反骨心が根底にありました。升田は対局室への入室を拒否し、そのまま対局場を立ち去ります。連盟は升田を不戦敗とし、一時は「除名処分」すら検討される未曾有の事態へ発展しました。

最終的に、作家の菅谷北斗星や長老棋士の小菅剣之助らの調停によって除名は免れ、1年間の出場停止処分等で収束を見ましたが、この事件は「勝負師の尊厳とは何か」「近代化するプロスポーツ組織と個人の美学の衝突」として、今なお昭和将棋界最大の事件として語り継がれています。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。