二条城の真髄は、対照的な二人の将軍の意思が同居している点にある。1603年に徳川家康が上洛時の宿館として築かせた豪壮な御殿は、武威を誇示するための視覚的装置に満ちている。狩野探幽が描いた獰猛な虎の障壁画や、見上げるほど高い格天井は、謁見に訪れた大名たちを心理的に圧倒した。
しかし時代が下り、幕末の動乱期を迎えると、この場所は徳川慶喜にとって権力の黄昏を象徴する舞台へと変貌を遂げる。武家社会の始まりを告げた場所で、その終焉の儀式が執り行われるという歴史の皮肉。歩くたびに音を奏でる床板を踏みしめながら大広間から白書院へと移動すると、徳川二百六十年余の栄枯盛衰が一本の濃密な糸となって繋がっていく感覚を覚える。