因幡の白兎神話において、最も頻繁に議論を呼ぶのが「和邇(ワニ)の正体」です。現代の日本人が連想する爬虫類のクロコダイルやアリゲーターが、なぜ古代の山陰の海にいたのかという疑問がネット上でも散見されます。
結論から述べると、古語における「ワニ(和邇)」は海洋生物のサメ(フカ)を指すというのが定説です。島根県や鳥取県、広島県の中国地方山間部では、現在でもサメの肉を「ワニ料理」や「わに」と呼んで郷土食として食す食文化が脈々と受け継がれています。気仙沼など太平洋側とは異なり、日本海側におけるワニという呼称は言語学的・民俗学的に完全にサメと一致します。
また、もう一つの大きな盲点は、白兎が単なる「助けられた無力な小動物」で終わらない点です。傷を治してもらった白兎は、神の意思を告げる預言者(託宣神)へと変貌を遂げます。兎は大国主命に対し、力強くこう予言しました。
「八十神は決して八上比売を娶ることはできません。あなたが荷物を背負い、従者のように見えても、八上比売が選ぶのは間違いなくあなたです」。
この予言は見事に的中します。因幡に到着した八上比売は、着飾った八十神たちの一切の求婚を「私はあなた方の言うことには耳を貸しません。大穴牟遅神(大国主命)のもとへ嫁ぎます」と一蹴しました。この展開こそが、因幡の白兎が「日本最古の縁結びの神」と称される由縁です。白兎は、誠実な人間性が最終的な勝利を収める契機を作り出した、重要なキューピッド役を務めていたのです。