深津絵里さんのキャリアを紐解く上で欠かせないのが、初期に存在した別名義での活動期です。彼女の芸能界入りのきっかけは、1986年に開催されたミス・コンテスト(第2回ミスセブンティーンコンテスト)への応募でした。当時、大分県から上京した彼女は、本名ではなく「水原里絵」や「高原里絵」という名義で芸能活動をスタートさせています。
特に映画ファンの間で今なお伝説として語り継がれているのが、金子修介監督がメガホンをとった1988年の映画『1999年の夏休み』です。萩尾望都の少女漫画『トーマの心臓』を下敷きにしたこの作品で、彼女は「ノリオ」という少年の役を演じました。思春期の寄宿舎を舞台にした耽美的な世界観の中で、深津さんは少女でありながら少年の声を吹き替えなしで熱演し、エキゾチックで洗練された存在感を日本映画史に深く刻み込みました。
歌手デビューを果たしたシングル『マリオネット・ブルー』などを経て、本名である「深津絵里」へ完全移行したのは1989年のこと。アイドルという枠組みにとどまらず、本格的な表現者としての道を自ら選び取ったこの転換期こそ、稀代の名女優が誕生した決定的な分岐点でした。