結論から明確に言えば、中森明菜が過去に出版した公式写真集や雑誌グラビアにおいて、いわゆるヘアヌードや完全な裸体を晒した作品は一切存在しません。国立国会図書館の所蔵データおよび当時のワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)等の公式ディスコグラフィ、出版履歴を精査しても、該当する出版物は1冊も確認できないのが客観的な事実です。
それにもかかわらず、なぜ「中森明菜 裸」という検索ワードが消えないのか。そこには、1980年代から1990年代にかけて彼女が発表した先鋭的なビジュアル表現と、当時のメディアが作り出した過激なスキャンダリズムの残滓(ざんし)が大きく影響しています。
彼女が残してきた写真集、例えば1987年の『Cross My Palm』関連書籍や、1990年に刊行された『MY LIFE 1990 A-K-I-N-A NAKAMORI』などは、ロサンゼルスやヨーロッパの風景に溶け込むファッショナブルでアーティスティックなポートレートで構成されています。肌の露出があるカットも、あくまで女性の身体美を彫刻のように捉えた洗練された演出であり、扇情的なヌードとは一線を画すものでした。