坂口憲二のキャリアの原点を語るうえで外せないのが、1990年代末のファッション誌『MEN'S NON-NO(メンズノンノ)』専属モデル時代です。元プロレスラー・柔道家として「世界の荒鷲」と称された坂口征二を父に持ち、自身も柔道二段の腕前を持つ屈強な血筋に生まれながら、ハワイ・東海大学ハワイ校への留学経験で磨かれたサーフカルチャーの空気感をまとい、当時のストリートシーンに鮮烈なインパクトを与えました。
当時のメンズファッション誌は、中性的なスリムモデルが主流となりつつある転換期にありました。そのなかにあって、身長185cm、胸板の厚い引き締まった肉体、日焼けした肌に無造作な短髪という坂口のルックスは、異彩を放つ「健康的かつ色気ある男性美」の象徴として誌面を独占。モデル発掘当時の編集関係者の証言によると、「カメラの前に立つだけでスタジオの空気が引き締まるような、規格外のスケール感を持っていた」と記録されています。
その規格外のビジュアルがドラマ界へダイレクトに届いたのが、2000年に放送された伝説的ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(IWGP / TBS系)でした。坂口が演じたのは、池袋のストリートギャングを震撼させる凶暴な男「ドーベルマン山井」。長身を活かした暴力的なアクションと、狂気を宿した鋭い眼光、鍛え抜かれた肉体美は、共演の長瀬智也や窪塚洋介ら強烈な個性派集団のなかでも圧倒的な異物感を放ち、瞬く間に全国区のお茶の間にその名を知らしめました。