昔から猟師の間では「一度人間を食害した熊は、人肉の味を覚えて人を狙い続ける」と語り継がれてきました。この伝承の医学的・動物行動学的な真実はどこにあるのでしょうか。
結論から言えば、熊が「人肉の風味が他の肉より格別に美味しい」と感じているわけではありません。真の危険性は、熊が「人間は素早く逃げられず、反撃の牙も角も持たない、最も簡単に捕獲できる高カロリーな肉」だと認識してしまう点にあります。
日本史上最悪の獣害とされる大正4年の三毛別羆事件の食害でも、この習性が如実に現れました。体長2.7メートル、340キロの巨熊が民家を襲い、女性や子どもを含む7名を殺害・食害した事件ですが、加害熊は一度奪った遺体に強い執着を示し、通夜の席にまで獲物を回収しようと押し入ってきました。
熊には「自分が手に入れた食料を自分の所有物とみなし、奪い返そうとする対象に猛烈な攻撃性を発揮する」という強い執着本能があります。人間を獲物として一度でも認識した個体は、恐怖心を完全に失い、人里を自らの餌場と見なす極めて危険な存在へと変貌します。