野村が楽天の指揮をとった時代、日本野球機構(NPB)傘下のパシフィック・リーグは大きな変容期を迎えていた。それまで「人気のセ、実力のパ」と言われながらもメディア露出の面で後塵を拝していたパ・リーグにおいて、野村の繰り出す「野村節」と高度な情報戦は、リーグ全体の注目度を跳ね上げる強力な触媒となった。
スコアラー陣との連携による相手分析のシステム化、ベンチ内での緻密なサインプレー、カウント別のアタック戦略。プロ野球界全体が、野村の持ち込んだ分析手法を取り入れざるを得なくなった。結果として、パ・リーグ全体の戦術レベルは底上げされ、近年のリーグの圧倒的な強さへとつながる遺伝子がここに蒔かれたのである。