清少納言の観察眼がいかに突出していたかは、夕空に浮かぶ鳥たちの描き分けに如実に表れています。平安貴族の文脈において、カラスは決して優雅な鳥とは見なされていませんでした。どちらかといえば忌み嫌われることすらあった日常的な鳥を、彼女は大胆にも美的主体としてクローズアップしています。
「烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり」という一節には、家族や仲間の待つ巣へと懸命に羽ばたく小さな生命への温かなまなざしが宿っています。整然とした群れではなく、不揃いな数でばらばらと空を横切る生活感あふれる姿に、彼女は「あはれ(しみじみとした情感)」を見出しました。
一方、その直後に現れる「雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし」では、視点が広角へと一転します。北方から渡ってくる雁が、規律正しく美しい幾何学的な直線を引いて秋空を渡っていく。その遠景のミニマリズムに対し、清少納言は知的好奇心を刺激された際の賛辞である「いとをかし」を与えているのです。
ここで重要なのは、「いとをかし 理由」の根底にある客観的な美の発見です。主観的な感傷に浸るだけでなく、「なぜそれが面白いのか」「どう見えるから美しいのか」を理知的に分析する清少納言 美意識の真骨頂が、この動的なカラス(近景・生活感)と静的な雁(遠景・幾何学的秩序)の対比に鮮やかに結実しています。