競泳界を根底から揺るがしたバサロ泳法の由来は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて活躍したプエルトリコ系アメリカ人スイマー、ジェシー・バサロ(Jesse Vassallo)氏に遡ります。世界水泳選手権の400メートル個人メドレーで世界新記録を樹立するなど万能選手として名を馳せた彼は、背泳ぎのスタートおよびターン直後の推進力を最大化するため、仰向け姿勢のまま水中で力強いキックを打つ技術を実戦で試みました。
この特異な泳ぎに目をつけ、極限まで科学的に洗練させたのが、米ハーバード大学のデビッド・バーコフ選手や、順天堂大学で研鑽を積んでいた日本の鈴木大地選手らでした。当時、バーコフ選手が繰り出す潜水泳法は「バーコフ・ブラストオフ」とも呼ばれ、水面を泳ぐライバルをごぼう抜きにする姿は世界中でセンセーションを巻き起こしました。
では、そもそもなぜ「水の上を泳ぐ」はずの背泳ぎにおいて、わざわざ水底に潜る泳ぎ方が圧倒的なアドバンテージを持ったのでしょうか。理由は流体力学的な「造波抵抗」の差にあります。人間が水面付近を進む際、前進エネルギーの多くは自らが作り出す波(造波抵抗)によって相殺されます。しかし、水深約1メートル以上の水底近くを潜航すると、水面波の影響をほとんど受けずに済みます。水の塊を切り裂くように進む潜水キックは、水面で腕を回す通常の背泳ぎよりも物理的に抵抗が少なく、圧倒的なトップスピードを維持できたのです。