藤圭子(本名:阿部純子)は1951年、岩手県一関市に生まれ、盲目の浪曲師であった父と曲師の母とともに、幼少期から旅回りの門付(かどづけ)として過酷な巡業生活を送りました。生活のために10代前半からマイクを握り、夜の街や舞台路地で磨き抜かれたその歌声は、作詞家・石坂まさを氏の目に留まります。
1969年に「新宿の女」でデビューを果たすと、1970年発表の「圭子の夢は夜ひらく」が空前の大ヒットを記録しました。1stアルバム『新宿の女』と2ndアルバム『女のブルース』は、オリコンアルバムチャートで通算42週連続1位という、2026年現在も破られていない日本の音楽史上空前絶後の大記録を樹立しています。
当時、若き日の藤圭子が見せた憂いを帯びた美貌と、ハスキーで深い情念を宿した唸り声のような歌唱法は、作家の五木寛之氏をはじめとする多くの文化人からも絶賛されました。しかし、頂点に立った直後から声帯の手術や芸能界のプレッシャーに直面し、引退と復帰を繰り返すなど、その音楽人生は常に波乱に満ちていました。