歴代マドンナの中で別格の存在感を誇るのが、計5作品(第11作、第15作、第25作、第48作、第50作)に登場した旅回りの歌手・リリーこと松岡清子を演じた浅丘ルリ子さんです。
リリーは、他のマドンナたちのような「庇護されるべき清楚な令嬢や淑女」とは全く異なっていました。キャバレーのドサ回りで生計を立て、男に騙され、夜の酒場を生き抜いてきた彼女は、寅次郎と同じ「宿無し・根無し草」のアウトサイダーです。だからこそ二人は、柴又の家族にも言えない孤独や痛みを共有し、時には取っ組み合いの大喧嘩をし、時には肩を寄せ合って生きることができました。
後年の回顧録や特番インタビューにおいて浅丘ルリ子さんは、「渥美清さんとの現場は、芝居を超えた魂の対話だった」と述懐しています。第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(1980年)で、沖縄の病床で生死の境をさまようリリーを寅次郎が必死で看病するシークエンスは、日本映画史に残る屈指のエモーションをたたえています。渥美清さんの体調がすでに悪化していた晩年の第48作『寅次郎紅の花』(1995年)でも、奄美大島でリリーと再会した寅次郎の穏やかな笑顔は、演じる二人の長年の信頼関係がスクリーンに奇跡的に結実した瞬間でした。
一方、昭和の青春の象徴としてシリーズを彩ったのが、第9作『柴又慕情』(1972年)と第13作『寅次郎恋やつれ』(1974年)の2作で高見歌子役を務めた吉永小百合さんです。
吉永小百合さんの出演回は、当時の邦画界に絶大なインパクトをもたらしました。厳格な小説家の父親(宇野重吉)との確執に悩み、自分の生き方を模索する歌子のナイーブな美しさは、当時の若者層をも寅さんファンに引き込みました。金沢の古い町並みで風鈴を眺めながら寅次郎と語り合う姿は、マドンナ映画としての抒情詩の頂点と評されています。吉永小百合さん自身も「渥美さんの温かい眼差しに包まれて、役柄としてだけでなく自分自身が救われる思いだった」と後年に語っており、寅次郎という存在が女優たちの内面をも解放する触媒となっていたことが窺えます。