熊本県知事を経て、1992年に日本新党を立ち上げた細川護煕氏。1993年には自民党の単独支配を崩し、非自民・非共産連立政権の首相に就任した。当時の政治・行政に巻き起こした台風のような新風は、今も語り継がれている。
だが、政治家としての激動の足跡以上に人々を惹きつけてやまないのが、そのバックボーンだ。彼の実家は、旧熊本藩主の家系である名門・肥後細川家。足利将軍家を支えた室町時代の管領家に端を発し、江戸時代を通じて54万石の肥後国(現在の熊本県)を治め続けた大名家である。
熊本県知事を経て、1992年に日本新党を立ち上げた細川護煕氏。1993年には自民党の単独支配を崩し、非自民・非共産連立政権の首相に就任した。当時の政治・行政に巻き起こした台風のような新風は、今も語り継がれている。
だが、政治家としての激動の足跡以上に人々を惹きつけてやまないのが、そのバックボーンだ。彼の実家は、旧熊本藩主の家系である名門・肥後細川家。足利将軍家を支えた室町時代の管領家に端を発し、江戸時代を通じて54万石の肥後国(現在の熊本県)を治め続けた大名家である。