「諸行無常」という言葉に対して、「どうせすべては滅びるのだから努力しても無駄だ」という悲観主義(ペシミズム)や諦めの思想を連想する人は少なくありません。しかし、これは日本仏教思想における極めて大きな誤解です。
仏教の根本理念において、サンスクリット語の「アニッチャ(anicca=無常)」は、価値判断を交えない冷徹な「物理的現実の記述」に過ぎません。あらゆる存在は固定的な実体を持たず、無数の原因(因)と条件(縁)が重なり合って一時的に生じている(縁起)。したがって、変化すること自体は善でも悪でもありません。
平家物語が告発しているのは「無常であること」ではなく、「無常である現実を否認し、自らの権力が永遠に続くと錯覚した人間の慢心」です。社会心理学でいう「ヒューブリス・シンドローム(傲慢症候群)」、すなわち圧倒的な成功や権力を得たリーダーが自己の万能感を過信し、批判的な意見を排除して無謀な意思決定に暴走する精神構造そのものを批判しているのです。
清盛の悲劇は、武士として頂点を極めたことにあるのではなく、貴族社会の旧弊を模倣し、自らもまた固定化した権威になろうとした点にありました。変化を前提とするリアリズムこそが無常観の核心であり、現実を直視できない組織がいかに自滅するかを説いている点において、極めて実学的な洞察と言えます。