千早茜氏の代表作の一つである『あとかた』は、それぞれ異なる「身体の傷」を抱えた男女の交錯を描く6つの短編で構成されています。単行本は2013年に新潮社から刊行され、2016年には新潮文庫として文庫化されました。タイトルの『あとかた』が示す通り、作中で描かれるのは愛が過ぎ去ったあとに残る痕跡、そして消したくても消えない記憶の残滓です。
千早茜『あとかた』のあらすじを読み解く上で欠かせないのが、各編に散りばめられた皮膚感覚の描写です。収録されている6編(「水葬」「銀の波」「痕留め」「甘い傷」「てのひら」「残花」)は、それぞれ独立した物語でありながら、登場人物たちがどこかでかすかにすれ違い、同じ街の空気の中で痛みを共有しています。
第1話「水葬」では、幼少期の火傷の痕を隠して生きる女性が、傷を暴こうとする男との関係に溺れていく姿が描かれます。傷を「醜いもの」として恥じる一方で、その傷痕に執着されることでしか自らの存在価値を確かめられない歪な心理描写は圧巻です。第2話「銀の波」では帝王切開の手術痕、第3話「痕留め」では過去の恋人に強引に開けられたピアスの穴が、現在進行形の人間関係に影を落とします。
特筆すべきは、あとかたの登場人物たちが決して「清廉潔白な被害者」として描かれていない点です。誰もがエゴイズム、嫉妬、他者を傷つけずにはいられない加虐性を孕んでおり、その生々しさこそが本作を類稀な傑作へと押し上げています。