奄美大島の伝統料理として知られる鶏飯だが、その起源は400年以上前の江戸時代にまで遡る。当時の奄美は薩摩藩の圧政下に置かれており、島役人をもてなすための最高級の接待料理として作られていた。ただし、当時の鶏飯は現在のようにスープをかけるスタイルではなく、鶏肉や野菜を混ぜ込んだ炊き込みご飯のような形状だったと歴史資料に記録されている。
この郷土料理に劇的な革新をもたらしたのが、元祖鶏飯みなとやの創業者である岩城キネ氏だ。太平洋戦争直後の昭和21年(1946年)、キネ氏は「より美味しく、彩り豊かに鶏飯を味わってほしい」との想いから、丸鶏を骨ごとじっくり煮込んで取った黄金色の澄んだスープを炊きたてのご飯と具材の上に注ぐ、現在の「スープかけスタイル」を日本で初めて考案した。これが現在、島内外で親しまれている近代鶏飯の発祥である。
そして、みなとやの名を全国区へと押し上げた決定的な出来事が昭和43年(1968年)4月に訪れる。奄美大島をご訪問された昭和天皇・皇后両陛下への昼食会において、キネ氏が腕を振るった鶏飯が供された。普段、公式行事において出された料理をおかわりされることが極めて稀であった昭和天皇が、「大変美味である」と異例のおかわりを所望されたという事実は、当時の宮内庁関係者や地元新聞でも大きく報じられ、現在も店舗入口に誇らしく刻まれている。