インターネット上の掲示板やSNSでは、長年にわたり「井之頭五郎には実在するモデルがいるのではないか?」という噂が囁かれてきました。「谷口ジローの知人の貿易商」「久住昌之が通う吉祥寺の常連客」といった尾ひれがついて語られるケースも少なくありません。
しかし、原作者である久住昌之および作画を担当した故・谷口ジローが生前のインタビューで明言している通り、特定のモデルとなった実在人物は存在しません。五郎というキャラクターは、久住自身が愛してやまない「街の普通の食堂に入り、気ままに楽しむ時間」という願望と、ハードボイルド漫画の名手であった谷口が描く「屈強でダンディな孤高の男性像」が掛け合わされて誕生した純粋な創作物です。
実在説がこれほど根強く囁かれる背景には、「原作漫画の五郎」と「ドラマ版の五郎」の巧みなギャップがあります。
- 原作漫画の井之頭五郎:古流武術の心得があり、マナーの悪い客や理不尽な店主に対してアームロックを極めるなど、どこか危険な冷徹さとドライなニヒリズムを帯びたハードボイルドな男。
- テレビドラマ版の井之頭五郎:松重豊が演じることで、食べることへの無邪気な好奇心や、心の中で繰り広げられるチャーミングな一人突っ込みが前面に出た、親しみやすいジェントルマン。
この二つの側面が重なり合うことで、フィクションでありながら「東京のどこかの路地裏に本当に歩いているのではないか」と錯覚させるほどの強烈なリアリティを獲得したのです。