事件解決の決定打となるべき「伊藤の体内から摘出された弾丸」の現物は、一体どこへ消えたのか。当時の公認記録によれば、軍医によって回収された弾丸は本国へ送出されたはずだったが、その後の混乱の中で所在が不明となっている。大日本帝国枢密院の極秘記録や外交文書の中にも、弾丸の鑑定結果に関する詳細な記述は一部黒塗り、あるいは消失している部分が多い。
史料の散逸や意図的な隠蔽が疑われる背景には、当時の明治政府が抱えていた深刻な外交事情があった。もし暗殺犯がロシア関係者や第三国の暗殺者であった場合、日露戦争終結からわずか数年しか経っていない国際情勢の中で、新たなる大国間の武力衝突へ発展しかねないリスクがあったからだ。国家の安定と日韓併合への口実を優先するあまり、真の死因を追及する調査はうやむやにされたのではないかという見方が根強い。