司忍氏の本名は篠田建市。彼がかつて名古屋の地に設立し、組織の強力な基盤へと育て上げた弘道会の存在は、山口組の歴史において決定的な意味を持つ。若き日の篠田建市氏が幾多の修羅場を潜り抜け、凄まじい勢いで頭角を現していく過程において、家庭を支える配偶者の精神的負担は察するに余りある。
長期に及ぶ服役や激しい組織間の緊張状態が続いた時期にも、動じることなく家を守り続けた存在があったからこそ、組織内での強固な信頼関係が構築されたと分析する関係者も多い。表の歴史に刻まれることのない個人的な絆こそが、波乱に満ちたリーダーシップの裏側に存在していたと言える。