立教大学英文科で学び、映画監督を志して東宝の文芸部に入社した経歴を持つ彼は、ひょんなことからカメラの前に立つことになった。その知的で育ちの良さを感じさせる雰囲気を、映画界が放置するはずもなかったのである。1949年に公開された映画『青い山脈』は、社会現象とも呼べる爆発的な大ヒットを記録。主題歌のメロディとともに、旧来の価値観を打破する明るくモダンな青年像を好演し、一躍トップスターの座へと躍り出た。
東宝の看板俳優となった彼は、甘いルックスと洗練された仕草で空前の女性ファンを獲得する。しかし本人は、単なる好青年というステレオタイプな偶像に固執することはなかった。育ちの良さに甘んじることなく、演技の本質を愚直なまでに探求する姿勢こそが、後の大化けへとつながる伏線となっていく。