批判の矛先は親であるインフルエンサーに向かいがちだが、それを消費してきた視聴者側の責任も無視できない。泥沼の愛憎劇や子どもの悲痛な叫びを「コンテンツ」として消費し、PV数を稼がせていたのは誰だったのか。
他人の不幸やゴシップを娯楽として楽しむ「シャーデンフロイデ(他人の不幸に対する快感)」は、ネットの匿名性によって加速する。視聴者が野次馬としてコメントを書き込み、拡散することで炎上経済は成立する。私たちがスマホの画面越しに一瞬の刺激を追い求める裏で、リアルな子どもの人生が消費されていたという事実に、閲覧者一人ひとりが向き合う必要がある。