この古代のパラドックスを現代サスペンスの構造に見事に落とし込んだのが、東元俊哉の漫画を原作とし、2020年1月期にTBS系列「日曜劇場」枠で放送されたドラマ『テセウスの船』でした。主演の竹内涼真が主人公・田宮心(たみや しん)を演じ、父親の警察官・佐野文吾を鈴木亮平が熱演した本作は、単なるタイムトラベル・サスペンスの枠に収まらない倫理的葛藤を描き切りました。
平成元年に起きた「音臼小無差別毒殺事件」。小学校のお泊まり会で青酸カリが混入されたジュースにより児童や教員21名が死亡し、村の駐在警官だった佐野文吾が逮捕され、死刑判決を受けます。世間から殺人犯の家族として過酷なバッシングを受け、名前を隠して生きてきた息子の田宮心は、父の冤罪を信じる母の遺品をきっかけに事件現場を訪れ、事件直前の平成元年にタイムスリップします。
心は父とともに過去の凄惨な事件を食い止めようと奔走し、未来を変えることに成功します。しかし、過去を変えて現代に戻ってきた心が目にしたのは、思い描いていたような単純なハッピーエンドではありませんでした。過去が改変された結果、最愛の妻である田村由紀(上野樹里)は「心と出会っていない別の人生」を歩んでおり、家族の記憶も人間関係も、かつて心が生きていた世界のそれとは微妙に、しかし決定的に異なっていたのです。
ここに、本作がタイトルに「テセウスの船」を掲げた決定的な理由が存在します。過去のパーツをひとつずつ入れ替え、事件の悲劇を回避していった結果、家族の運命は劇的に好転しました。しかし、「過去の悲劇や記憶というパーツをすべて差し替えて再構成された家族は、かつて自分が救おうとした『あの家族』と同じと言えるのか」。さらに、過去を変えたことで現代における自己の居場所や妻との絆を喪失した心自身のアイデンティティはどこに存在するのか。ドラマの物語構造そのものが、テセウスの船のパラドックスを人間ドラマとして再構築した構造となっていたのです。