「最強の市販鎮痛薬」として信頼されるロキソニン(一般名:ロキソプロフェンナトリウム水和物)。しかし、激しい歯痛に襲われた患者の多くが「ロキソニンを飲んだのに全く効かない」という絶望をSNSや医療相談窓口に吐露しています。なぜこの第一類医薬品が歯痛に対して沈黙することがあるのか、その鍵は歯髄炎の激痛原因となる歯の特殊な解剖学的構造にあります。
歯の内部には「歯髄」と呼ばれる神経や毛細血管の束が収まる「歯髄腔(しずいくう)」が存在します。この空間は、人体で最も硬い組織であるエナメル質と象牙質という強固な硬組織の壁に全包囲されています。深部に達した虫歯菌が神経に侵入して急性歯髄炎を起こすと、内部で激しい炎症と浸出液の滲出が発生します。
通常の皮膚や筋肉であれば、炎症が起きても組織が外側に膨らむ(腫れる)ことで内圧を逃がすことができます。しかし、強固な石垣に囲まれた密閉空間である歯髄腔では逃げ場がありません。結果として歯髄腔の内圧が急上昇し、毛細血管を圧迫して虚血と低酸素状態を招き、露出した神経受容器(痛覚神経)を限界まで圧縮します。これは外科領域における「コンパートメント症候群(区画症候群)」と極めて似通った病態です。
ロキソニンをはじめとする非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、痛みと炎症を媒介する化学物質「プロスタグランジン」の生合成を酵素レベルでブロックする薬剤です。しかし、すでに物理的な限界まで高まった歯髄腔内の水力学的圧力(内圧爆発)そのものを瞬時に減圧する作用はありません。薬理作用が届かない物理的圧迫が存在するため、どれほど強力な消炎鎮痛剤を投与しても激痛を完全に制圧できない事態が生じるのです。