プロレス界における覆面レスラーの正体追究は、長年タブーとされてきました。しかし、獣神サンダー・ライガーの正体に関しては、ファンと団体の間で極めて幸福かつ誠実な「暗黙の了解」が成立していた稀有な事例です。その素顔の主とされるのが、広島県出身のプロレスラー・山田恵一選手です。
新日本プロレスの入門テストで身長制限(当時は180cm以上が原則)の壁に阻まれながらも、山本小鉄氏に直訴して練習生として潜り込み、1985年にデビューを飾った山田選手。若手時代からレスリングの卓越した基礎体力、そして当時としては異色の格闘技「骨法」をいち早く取り入れた鋭い打撃と掌底で、次世代のホープとして熱狂的な支持を集めていました。
その後、英国リバプールへの海外武者修行へ旅立った山田選手は、現地マットで「フライング・フジ・ヤマダ」などのリングネームで頭角を現します。そして1989年4月24日、新日本プロレス初の東京ドーム大会という歴史的舞台で、漫画家・永井豪氏のアニメ原作とのタイアップ企画として誕生したのが「獣神ライガー(後に獣神サンダー・ライガーへ改名)」でした。
当時、海外から帰国したはずの山田選手が姿を消し、入れ替わるように彗星のごとく登場したライガー選手。入場時の身のこなし、骨法仕込みの浴びせ蹴りや掌底、そして何より肉体のシルエットから、ファンの誰もが正体を確信していました。しかし、リングアナウンサーも実況席も、そして何より観客自身が「リバプールの風になった男」というロマンあふれる言葉を合言葉に、あえて詮索せずその圧倒的なプロレスリングに熱狂したのです。虚構を現実が凌駕した瞬間でした。