尾形百之助の行動原理を解き明かす上で、幼少期の歪んだ家庭環境は避けて通れません。彼は元第七師団長・花沢幸次郎中将と、浅草の芸者・トメの間に生まれた「私生児」でした。父に捨てられた母は精神を病み、父の好物であった「あんこう鍋」を作り続ける日々を送ります。
幼い尾形は「父が来てくれれば母の病気は治る」と信じ、猟銃で獲物を仕留めては母に届けましたが、母の視線が自分に向けられることはありませんでした。絶望した尾形は、母が煮込む鍋に毒物を混入させて殺害。葬儀の場に父が現れるか試したものの、父は顔すら出しませんでした。この体験が、彼の心に「愛されない自分」という深い呪縛を植え付けることになります。
その後、帝国陸軍に入隊した尾形は、父の正妻の子であり「清廉潔白の象徴」として愛されて育った異母弟・花沢勇作と出会います。勇作は私生児である尾形を兄として心から慕い敬いましたが、尾形はその純粋無垢な善意を受け入れられず、日露戦争の最前線(旅順要塞・203高地)で背後から勇作を狙撃して射殺しました。「人は人を殺せば罪悪感に苛まれる」と主張した勇作を殺すことで、「罪悪感を持たない自分」を演出し、自らの出自の正当性を証明しようとしたのです。