二人の接点が生まれたのは、2000年代初頭のテレビ朝日系深夜番組『内村プロデュース』だった。当時、芸人たちのポテンシャルを極限まで引き出す実験的バラエティとして熱狂的な支持を集めていた同番組で、アシスタントを務めていたのがテレビ朝日の局アナウンサーだった徳永有美だ。
番組内でのテンポの良い掛け合いや、内村の穏やかなリードに徳永が全幅の信頼を寄せる様子は、画面越しにも伝わっていた。しかし、当時の徳永はすでに同局のディレクターと結婚しており、その関係性は世間に大きな衝撃を与えることになる。2003年、週刊誌のスクープによって二人の交際が明るみに出ると、メディアは一斉に「略奪愛」のレッテルを貼って過熱報道を繰り広げた。
結果として徳永は担当番組を相次いで降板し、テレビ朝日を退社。内村自身も看板番組の終了を余儀なくされるなど、日本の芸能界における激震となった。だが、批判の嵐が吹き荒れるなかでも、内村が口を開いて言い訳をすることは一切なかった。ただ静かに、パートナーを守り抜く姿勢を貫いた。