アニメ映画において専業声優ではなく映像・舞台俳優を主要キャストに迎える手法は、スタジオジブリ作品をはじめ多くの名作で採用されてきましたが、細田守監督のこだわりは徹底しています。当時の制作発表やインタビュー資料によると、細田監督が求めたのは「記号化されていない、生身の人間の体温と不完全さ」でした。
プロの声優は、キャラクターの輪郭を際立たせる滑舌、デフォルメされた感情表現、音圧のコントロールにおいて圧倒的な技術を持っています。しかし、細田監督が描こうとした『バケモノの子』の主題は、荒削りなバケモノと孤独な人間の少年がぶつかり合い、互いに未熟さを抱えたまま成長していく「不格好な魂の交流」です。声そのものに人生の年輪や生活の匂い、無骨な息遣いが宿っていなければ、熊徹と九太のリアルな関係性は立ち上がらないという判断がありました。
熊徹役に役所広司さんが選ばれた最大の理由は、粗暴でガサツでありながら、どこか憎めない愛嬌と父性を両立できる唯一無二の存在感にあります。アフレコ現場において役所さんは、マイクの前でただ台本を読むのではなく、実際に体を揺らし、荒い息を吐き出しながら獣のような唸り声を吹き込みました。計算された発声では決して出せない「喉の擦れ」や「不規則な呼気」が、熊徹というキャラクターに血肉を与えたのです。
一方、九太の少年期を演じた宮﨑あおいさんは、『おおかみこどもの雨と雪』の花役で見せた慈愛に満ちた声から一転、親を失い世界を憎む野生児の剥き出しの敵意を見事に表現しました。そして青年期を引き継いだ染谷将太さんは、急激に大人びていく肉体と未だ定まらない精神の揺らぎを、低く抑えられたハスキーなトーンで繊細に具現化しています。この少年期から青年期への声のバトンタッチは、ひとりの人間の成長過程として驚くほど滑らかなグラデーションを描き出しました。