かつて大本営陸軍部の作戦課参謀として対米英作戦の立案に携わったエリート軍人は、いかにして経済大国ニッポンの牽引役に転身したのか。その数奇な半生は、国民的ベストセラーとなった山崎豊子の傑作『不毛地帯』の主人公・壱岐正のモデルとして広く知られている。物語の中の壱岐は高潔な忠誠心と不屈の闘志を持つ男として描かれたが、現実の人物像は遥かに複雑怪奇だ。
戦後、伊藤忠商事へ入社した彼は、軍隊組織さながらの情報網と徹底的な情勢分析を持ち込み、一介の繊維問屋に過ぎなかった企業を世界市場に君臨する巨大企業へと押し上げた。だがその華々しいサクセスストーリーの裏側には、大東亜戦争で散った無数の英霊たちへの責任、そして敗北の記憶を封印したまま経済戦争へと雪崩れ込んだ戦後日本の歪みが凝縮されている。栄光と贖罪、その両極端なコントラストこそが彼を巡る最大の謎だ。