「湯冷まし」という言葉は、育児用語であると同時に、日本茶道および煎茶道において数百年の歴史を持つ極めて洗練された道具・技法の呼称でもあります。陶磁器で作られた片口の器である「湯冷まし器(ゆざまし)」は、茶葉のポテンシャルを極限まで引き出すための調温ツールとして愛用されてきました。
高級煎茶や玉露に含まれる旨味成分「テアニン」は50℃〜70℃前後の低温で豊かに抽出される一方、渋みや苦味の主成分である「カテキン」「カフェイン」は80℃以上の高温で急激に溶け出します。沸騰した熱湯を茶葉にダイレクトに注ぐと、渋みが勝ちすぎて繊細な甘みが吹き飛んでしまうのです。
そこで活躍するのが湯冷まし器です。沸騰した熱湯を一度湯冷まし器に注ぐことで湯温は約10℃下がり、さらにそこから急須や湯呑みへ移し替えるごとに約5〜10℃ずつ降下します。「器を一度くぐらせるごとに約8〜10℃冷める」という熱力学の知恵を応用し、急須に注ぐ時点で最適な70℃前後の湯冷ましを作り出すのです。赤ちゃんのための「衛生と安全」の湯冷ましと、大人のための「味覚と精神の豊かさ」をもたらす湯冷まし。アプローチこそ異なりますが、どちらも水の本質をコントロールし、身体に最適な形で取り込むという日本固有の細やかな水文化の結晶といえます。