都市のど真ん中にこれほど広大な緑地が存在する必然性を理解するには、代々木公園の歴史と設立の経緯に目を向ける必要があります。総面積約54万平方メートルにおよぶこの敷地は、時代ごとに激動の変遷を辿ってきました。
明治後期には大日本帝国陸軍の「代々木練兵場」として機能し、1910年には日本初の動力飛行機による飛行実験が成功した航空発祥の地でもあります。終戦を迎えると米軍に接収され、将校とその家族が暮らす巨大な軍人住宅街「ワシントンハイツ」へと姿を変えました。フェンスで厳重に囲まれたアメリカ式の街並みは、当時の日本にとって手の届かない異国の風景そのものでした。
転換点となったのは、1964年東京オリンピックの開催です。敷地の一部は選手村として整備され、世界各国のアスリートが集う平和の拠点となりました。五輪閉幕後、選手村の宿舎や緑地を活かす形で都立公園としての整備が進められ、1967年10月に近代的な森林公園として正式開園を迎えました。つまり代々木公園は、軍事、占領、国際融和という激動の昭和史をくぐり抜けた記憶の集積地であり、意図的に作られた「平和と開放のシンボル」なのです。この空間史的な深みこそが、今なお多国籍な人々を惹きつけてやまない求心力の土台となっています。