大阪・梅田と神戸・三宮を結ぶルートで激しくしのぎを削ってきた両社が手を組むことになった引き金は、2005年秋に勃発した「村上ファンドによる阪神電鉄買収劇」でした。
当時、投資ファンドを率いる村上世彰氏が、割安に放置されていた阪神電気鉄道の株式を急速に買い集め、発行済み株式の4割超を握る筆頭株主に躍り出ました。ファンド側は阪神タイガースの株式上場や資産の有効活用など、強烈な株主提案を突きつけます。歴史と伝統ある球団の上場や経営方針の大幅変更を嫌った阪神電鉄の経営陣は、企業防衛のための「ホワイトナイト(友好的な買収者)」を必死に模索することになりました。
そこで白羽の矢が立ったのが、皮肉にも長年のライバルであった阪急ホールディングスでした。阪急にとっても、隣り合う阪神の経営権が外資や投資ファンドに渡り沿線インフラが分断されることは看過できないリスクでした。電鉄同士の共倒れを防ぎ、梅田を中心とする関西経済圏の防衛を図るため、2006年10月に阪急が阪神を株式交換で完全子会社化する形で「阪急阪神ホールディングス」が誕生したのです。