二人の原点は、日本有数の豪雪地帯として知られる新潟県妙高市(旧中頸城郡妙高高原町)にあります。豊かな大自然に囲まれた環境で、幼少期から冬場はスキー競技に熱中していました。兄のSEIKINはアルペンスキーやアカペラなどの音楽活動に傾倒し、弟のHIKAKINはスキージャンプ競技に打ち込みながらヒューマンビートボックスの練習に没頭するという、それぞれ個性を伸ばす少年時代を過ごしました。
高校卒業後、二人の人生は大きく異なる道を歩み始めます。弟のHIKAKINは高校卒業と同時に上京し、スーパーマーケット(マルエツ)で住み込みの店員として勤務。月給の多くを貯金に回し、過酷な肉体労働を終えた深夜にワンルームの自宅アパートでビートボックス動画を海外掲示板やYouTubeへ投稿し続けるという、泥臭い下積みを経験しました。
一方、兄のSEIKINは東京の大学へ進学したものの、自身の将来を見つめ直す中で中退を選択。その後、一般企業の営業職やガソリンスタンド等でサラリーマンとして勤務します。しかし、当時の労働環境は非常に過酷で、心身ともにすり減らす日々が続きました。
転機が訪れたのは2012年のことです。すでに動画クリエイターとして頭角を現し始めていた弟のHIKAKINが、疲弊していた兄のSEIKINに対して「兄ちゃんは歌も上手いし、ものづくりの才能がある。絶対にできるから一緒にYouTubeをやろう」と強く背中を押しました。こうしてSEIKINは仕事を辞めてクリエイターへの転身を決意。弟が兄を引き入れるという異例の形で、兄弟クリエイターとしての共闘の幕が上がりました。