退院後に放送されたドキュメンタリー番組や手記において、志尊淳さんはICUでの想像を絶する孤独と恐怖について赤裸々に告白しています。心電図のアラームが絶え間なく鳴り響き、自力で呼吸することすら苦しい極限状態のなかで、医師から告げられた病状の厳しさに「自分はもう助からないかもしれない」と本気で覚悟したといいます。
当時、志尊さんは病床でスマートフォンを握りしめ、家族への「遺書」をメモに書き残していました。そこには、女手一つで育ててくれた母親への尽きない感謝、兄や姉への想い、そして遺される家族に対する具体的な生活の配慮が綴られていました。自身の死を目前にしてもなお、周囲の幸せを最優先に案じる彼の人間性が浮き彫りとなった瞬間です。
志尊さんは後に、「面会制限のなかで届いた母や兄の声、応援してくれるファンの存在が、弱りかけていた心臓をもう一度強く動かしてくれた」と述懐しています。科学的な医療処置はもちろんのこと、精神的な支えが極限の闘病生活を支える決定的な力となったことは間違いありません。