なぜここまで体格が縮小してしまったのか。自然人類学および歴史学の学術調査が導き出した身長が低かった理由は、明確に「成長期における栄養摂取構造」に起因しています。
1. 肉食の完全な忌避と動物性タンパク質の極端な欠如
飛鳥時代の天武天皇による肉食禁止令以来、日本社会には仏教的戒律に基づいた獣肉忌避が根付いていましたが、江戸時代には「生類憐れみの令」をはじめとする道徳的規範や身分秩序の固定化により、四つ足の動物を食すことが完全にタブー視されました。農村部でのわずかな鳥猟や魚介類を除き、庶民から武士に至るまで、成長期の骨や筋肉を形成するために不可欠な良質のアミノ酸とタンパク質が恒常的に不足していたのです。
2. 「江戸煩い」と呼ばれた白米偏食と脚気の蔓延
大都市・江戸を象徴する食生活の変化が、精白技術の向上に伴う白米偏食と脚気の流行でした。地方の農村では雑穀や玄米を口にしていたのに対し、江戸の町民は「銀シャリ」を誇りとし、1日4〜5合もの白米を消費していました。
白米中心でおかずが極めて少ない(一汁一菜、漬物とわずかな大豆製品)食習慣は、ビタミンB1の深刻な欠乏を招きました。足のむくみやしびれから始まり、重症化すると心不全を起こして急死に至る「脚気」は当時「江戸煩い(えどわずらい)」と呼ばれ、成長期の青少年から権力層の命までも脅かす構造病となっていたのです。