WEB相談室やSNS上のコミュニティでは、「うちの子も片目がしょぼしょぼしていたけれど、翌朝にはケロッと治っていた」という投稿が散見されます。しかし、獣医医療の最前線を取材すると、こうした体験談の裏で「様子見バイアス(正常性バイアス)」に囚われ、手遅れになって搬送される猫が後を絶たないという冷厳な事実が浮かび上がります。
動物行動学上、捕食者であると同時に小型の被捕食動物でもある猫は、自らの弱みや痛みを極限まで隠蔽する防衛本能を持っています。骨折や内臓痛であっても鳴き叫ぶことは稀で、眼球に激痛が走っていても「ただじっと目を細め、暗い部屋の隅にうずくまる」という形でしか表現しません。この静かな耐え忍びの態度を、人間の視点から「痛がっていないから大丈夫」「機嫌が悪そうに見えない」と解釈してしまうことこそが、最大の落とし穴です。
さらに危険なのは、猫特有の「セルフ・トラウマ(自己誘発性外傷)」の連鎖です。目に違和感を覚えた猫は、前足の内側にある手根部を使って顔を力任せに擦り付けたり、爪の出た後ろ足で激しく掻きむしったりします。人間の爪とは比較にならない鋭利なフック状の爪が角膜を直撃すれば、それまでわずかな浅い傷だったものが、一瞬にして全層断裂へと悪化します。
「朝は少し涙目だっただけなのに、仕事から帰宅したら目の表面が白濁し、中央がクレーターのように凹んでいた」という飼い主の証言は、決して特殊な事例ではありません。発症から半日の「様子見」が、数万円の内科治療で済んだはずの病態を、数十万円の手術と視力障害を伴う大惨事へと変えてしまうのです。