宮脇健の芸能生活の原点は、劇団若草を経て出演したTBS系『チャコちゃんシリーズ』の弟役でした。その愛くるしい笑顔と達者な演技がプロデューサーの目に留まり、1969年に『ジャンケンケンちゃん』で単独主演に抜擢。ここから昭和のテレビ史に燦然と輝く『ケンちゃんシリーズ』の伝説が始まります。『ケンちゃんのケーキ屋』『すし屋のケンちゃん』『おもちゃ屋のケンちゃん』など、約8年間にわたりシリーズを牽引し、国民的ヒーローとして君臨しました。
人気絶頂期の待遇は、現代の常識では推し量れない凄まじいものでした。本人が後年のインタビューや番組で明かした証言によると、当時の最高月収は数千万円規模に達し、小学校への通学には専用のハイヤーが用意されていたといいます。小学生でありながら、ランドセルではなく高級バッグを持ち、日常的に財布には十万円単位、時には数百万円の札束が入っている異常な環境に置かれていました。
玩具店に行けば「ここからここまで全部」と棚ごと買い占め、高級腕時計を何本もコレクションするなど、金銭の価値を理解する前に湯水のように消費する生活が日常化。周囲の大人たちも機嫌を取るためにチヤホヤと持ち上げ、少年・宮脇康之の心には「お金は無限に湧き出るもの」「自分は特別な人間である」という強烈な全能感が刷り込まれていきました。