なぜ「ヒ」はこの順番で書かねばならないのか。その疑問を解き明かす鍵は、言語の歴史を紐解く国語学と、文字の美を追求してきた書道の伝統にある。カタカナは平安時代初期、僧侶や学者が漢文を訓読する際の記号として、漢字の一部を省筆(簡略化)して誕生した。では、「ヒ」の母体となった漢字は何か。それこそが「比」である。
東洋の漢字学に革命をもたらした知の巨人・白川静博士の甲骨文・金文研究によれば、「比」という漢字は二人のかがんだ人間が同じ向きに並ぶ姿を象ったものとされる。右側の要素から派生したカタカナの成立過程において、筆の運び(いわゆる筆順)は元の漢字の行草体(くずし字)における運筆の自然な流れをそのまま継承している。筆を上から右へ滑らせ、一気に向きを変える動きには、歴史的な理由と合理性が詰まっているのだ。