昭和から平成へと元号が移り変わった1989年、大手芸能事務所の渡辺プロダクション(現・ワタナベエンターテインメント)は、新たな時代を切り拓く演劇・コント集団の立ち上げを画策しました。当時のお笑い界は、劇団東京乾電池やスーパー・エキセントリック・シアター(SET)のように、大人数で芝居仕立てのコントを披露するスタイルが脚光を浴びていた時代です。そのオーディションによって集められた若手タレント11名によって産声をあげたのが、元祖「ホンジャマカ」でした。
当時のメンバー構成は男性だけでなく複数の女性メンバーも在籍しており、松本美貴もその主要キャストとして舞台や公開稽古に汗を流していました。だが、大人数ユニットの宿命ともいえる方向性の不一致やギャランティの配分問題、芸人としての適性の差が早々に露呈します。結成からわずか半年から1年足らずの間にメンバーが次々と脱退する事態に陥りました。
過酷な稽古と将来への不安から脱落者が続出するなか、最後まで残ったのが、ピン芸人や俳優志望として事務所に所属していた石塚英彦と恵俊彰の2人でした。ライブの契約や事務所の期待を残された2人が引き受ける形で、自然発生的に現在のコンビ体制へと移行していったのがホンジャマカ誕生の真実です。