伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影

伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影

話題沸騰中の 伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影について、多角的な視点を整理して公開しています。

報道機関のスポーツ実況において、特定チームへの露骨な肩入れはタブーとされます。ではなぜ、行くな行くな超えるな発言の理由は炎上することなく、日本プロ野球史に燦然と輝く名シーンとして受け入れられたのでしょうか。

安部憲幸アナウンサーは、生前の回顧録や特別番組のインタビューで、当時の自身の胸中についてこのように吐露しています。

「私は決して近鉄を勝たせたくて実況していたわけではありません。ただ、第1試合から死力を尽くし、ボロボロになりながら腕を振る阿波野君の姿、そしてこの球場全体を包む途方もない熱狂を見ていた。もしこの球が入ってしまったら、この奇跡のようなドラマが終わってしまう。神様、頼むから入らないでくれ、まだ終わらせないでくれ――それは野球という偉大なドラマに対する、一人の人間としての悲鳴でした」

メディア論の観点から見れば、通常の実況は「客観的な事実の伝達」を最優先とします。しかし、極限状態におけるスポーツ報道では、時としてアナウンサーが現場の集合的無意識を代弁する「祈り手」へと変容することがあります。あの言葉は、近鉄ファンのみならず、テレビの前の視聴者、そしてテレビ朝日のニュースステーションを中断して全国中継へと切り替えさせた日本中の視線が凝縮された叫びだったのです。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。