公の場に立つ際、長嶋茂雄氏はなぜ右手をポケットに入れ続けるのか。その答えは極めてシンプルであり、同時にどこまでも切ない。「ファンに衰えた姿、不自由な姿を見せたくない」という、プロフェッショナルとしての徹底したプライドである。
2004年に襲った脳梗塞によって右半身に麻痺が残った。指先が思い通りに動かない。拘縮(こうしゅく)によって腕が不自然に曲がってしまうこともある。カメラのフラッシュを浴びる場所に立つとき、彼はその手をあえてスラックスのポケットに入れた。そうすることで、立ち姿は凛とした一本の樹のように整う。崩れた姿勢ではなく、堂々たる指揮官のシルエットを保つための選択だった。
関係者によれば、当初は周囲から「ポケットに手を入れたまま立つのは失礼にあたるのではないか」という懸念の声も上がったという。しかし、実態を知る誰もがその異論を飲み込んだ。それは無作法などではなく、不屈の男が自らの弱さを隠し通し、ファンに夢を与え続けるための「戦闘服の着こなし」だったからだ。