山本耕史さんのルーツを辿る上で外せないのが、二人三脚で芸能界を駆け抜けてきた両親の存在です。メディアでしばしばクローズアップされるのは母親ですが、夫婦それぞれの役割分担が極めて明確であったことが、山本さんの息の長いキャリアを支える土台となりました。
母親である山本加寿子氏は、かつてモデルとして活動していた経験を持つ長身の美女です。耕史さんが生後わずか6か月の頃、赤ちゃんモデルとして芸能界に足を踏み入れさせた張本人であり、後に個人事務所「ワイツーカンパニー(Y2 COMPANY)」を立ち上げて代表取締役社長に就任しました。現場では単なる保護者にとどまらず、プロデューサー、マネージャー、法務交渉人としての役割を一人でこなす「伝説のステージママ」として業界内に知れ渡っていました。
一方、父親に関する情報は公の場にほとんど出てきません。大手民間企業に勤務していたサラリーマン、あるいは建築・自営業関連の技術職という説が報じられていますが、芸能関係者の証言によると「決して表に出しゃばらず、家庭内を常に穏やかな空気で包んでいた温厚な人物」とされています。激しい芸能界の荒波に立ち向かう母親と、家庭という避難所を静かに守り続けた父親。この「剛」と「柔」の絶妙なバランスこそが、山本耕史さんの情緒的な安定感を育んだ決定打でした。