事件当時の空気を振り返ると、日本の大手マスメディアによる報道は常軌を逸した「メディアスクラム(集団過熱取材)」の様相を呈していました。テレビのワイドショーは中川氏の表情をスローモーションで何度も流し、バラエティ番組のコメンテーターたちは「日本の恥」「即刻辞任すべき」と嘲笑を交えて糾弾しました。政策の中身や体調管理の構造的問題に踏み込む論考はほぼ皆無であり、人格否定に近いバッシングが吹き荒れたのです。
ところが、2009年10月に中川氏が56歳の若さで急逝すると、ネットの反応は劇的な反転を見せ始めます。2ちゃんねる(現5ちゃんねる)や黎明期のTwitter(現X)では、テレビ報道への痛烈な不信感と共に、「私たちは取り返しのつかない形で有能な政治家を殺してしまったのではないか」という自省と悔恨の声が急増しました。
大手メディアが作り出した「酔っ払い大臣」という記号的イメージと、後から明らかになった「死の直前まで世界経済の危機に立ち向かっていた姿」との巨大な落差が、ネット世論における中川昭一像を「悲劇の英雄」へと昇華させていく原動力となったのです。