シベリアという特異な菓銘のルーツについては、食文化研究家や製菓史家の間でも長年議論が交わされており、決定打となる一次資料はいまだ発見されていません。しかし、民間伝承や当時の世相を照合すると、主に4つの有力な仮説が浮かび上がってきます。
最も広く流布しているのが「シベリア鉄道敷設説」です。羊羹の黒い層をシベリアの大地に敷かれた鉄道の線路に見立て、それを取り囲むカステラを一面の雪原に見立てたという景観描写の説です。1891年に着工し1916年に全通したシベリア鉄道は、当時の日本国民にとってロシアや大陸の雄大さを象徴する大ニュースであり、菓子職人がそのロマンを意匠に取り入れた可能性は十分に考えられます。
次いで語られるのが「シベリア出兵・日露戦争従軍説」です。1918年から始まったシベリア出兵に従軍した菓子職人が現地の氷原と凍土の寒涼なコントラストから着想を得たとする見解や、戦争から帰還した兵士たちの間で語られた大陸の情景がモチーフになったという説です。
さらに、カステラで冷たい水羊羹を挟む構造そのものが「氷雪(カステラ)に挟まれた凍土(羊羹)」を想起させるという「永久凍土直観説」、そしてロシア貴族の亡命者が考案した西洋菓子がベースにあるという「ロシア亡命者伝承説」も存在します。公式な意匠登録や文献が存在しないからこそ、当時の庶民の想像力と異国情緒が重なり合い、100年以上の時を経ても色褪せないネーミングとして定着したといえます。